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御由緒

始原神であり唯一神、宇宙の創造神たる「富士太神(不二太神)」を祀る日本最古の神宮である。不二高天原の御世は、凡そ三百万年前から二百万年前、此の地で国常立天皇により興され、富士太神(不二太神)を皇祖皇大神宮 別祖太神宮に祀り、祭政一致の神都として繁栄していく。

  ― 神皇紀に曰く ― 
『阿祖山太神宮は、地神第一代天照大御神の御宇、太御神親ら神祖神宗天太御神を高天原に奉らせ給ひし、神代唯一の大御社なり。
太御神は高天原小室阿田都山なる父太御神の止りましし、大御宮長日向の宮に止らせ給ふ。其傍に、宮殿を造営ましまして、神祖神宗代々の天つ太御神を奉らせ給ふ。之を高天原宗廟天社大宮阿祖山大神宮と名つけ祀らる。
後大柏木の下に、大神宮の宮殿を改造ましまして、更に、元宮阿祖山大神宮と改称あらせ給ふ。而して三品の大御を拝き、之を捧けさせ給ふを以て、儀典となすべし。且つ子孫代々、此の儀典を堅く守るべし。幾もなくして、太御神神避りましぬ。其心霊を、太御神の政所を設けさせ給ひし中室の麻呂山に奉り、麻呂山の神廟とぞ称し奉りける。』

皇統二十二代天疎日向津比売天皇(天照大神)が天変地異からの立て直しをされ、不二高天原から豊葦原瑞穂国と称し、社は不二山の鬼門(艮)に阿祖山太神宮と改称し建立される。
皇統二十四代天仁仁杵身光天津日嗣天日天皇(仁仁杵尊)が不二山に天降り、九州の高千穂へ天下りし、政治と軍事を阿蘇へと遷す。
皇統二十六代武鵜草葦天皇即位より、不二合朝(不合一代)の 御世が始まる。
皇統九十二代(不合七十三代)より、阿祖山太神宮神皇が橿原神宮に参じ即位式を斎行する。
人皇一代神武天皇により神倭朝が開かれる。
崇神天皇(人皇十代 皇紀五六四年〜)、阿祖山太神宮より三種の神器御宝を笠縫の里(檜原神社)に遷す。
垂仁天皇(人皇十一代 皇紀六三二年〜)、倭姫により檜原神社から三種の神器御宝が二十三箇所遷宮し、伊勢におさまる。
持統天皇(人皇四十一代 皇紀一三四七年〜)の勅願文に「阿祖山神宮事 元宮先現太神」と記され、富士太神(不二太神)は元宮先現大神として祀られる。
奈良時代から江戸時代にかけて、富士太神(不二太神)の御名は、先現太神、仙元大神、浅間大神へと変遷していく。
延暦一九年からの大噴火により阿祖山太神宮は甚大な被害を受け、多くを焼失。江戸時代に入り衰退。後は、大元不二山元宮阿祖山大神社へと改称。
明治以降、幾度となく、再建運動が興されたが叶わず、平成十六年より崇敬奉賛会による再建事業が開始され今に至る。